遺言

一緒に生きたい

監獄

お薬手帳、精神科に通ってる時毎回使うから、カバー縫ったり栞つけたり使いやすいように工夫してた。使いやすい診察券の入る塩ビのお薬手帳カバーは、2015年にピアスホールの調子が悪くなって皮膚科に行った帰り、最寄りの薬局で初めて調剤をお願いした時に無料でついてきた。ので、色も表紙がすごくダサい。

それを、2018年の夏、嫌々ながらも学校に求められて通院を再開してから、気を使うようになって、色々と…

血がつくかもしれないから、紺の布にして。

栞にはレジンで作った北斗七星のモチーフをつけた。

我ながら上出来。畑さんに、夏休み明け、手縫いだけど上手くいったんだよーと自慢したのを覚えてる

今ではもう、あんまり使わなくなったお薬手帳だけど、久々に使ったらなんでかすごく膨らんでて使いずらいのだ。整理しよう、と思ってカバーに入ってたものを全部出した。見たくないほど懐かしいものがいっぱい入ってた。残りかすと淡いゆめばっかり

 

……私は結局、何一つ過去を捨てられないし、未だにあの頃のくるしさに浸っている時は心地好い

こういう訳で、私は他人の心配を素直に受け止められないし、私の周りに純粋な心配をくれる人も居なかったから、そういうものは全く要らないのだけど、ただ唯一、私が私を慰めてくれることだけは、とても嬉しくて

傷付けるのも、傷の手当をするのも私ひとりだった。辛いのも痛いのも苦しいのも、私ひとりだけが理解した。私にしかわからないものを私だけが認めて慰めた そこには利害も責任も義務もきたないものはなにひとつない 相対的に見たら手のつけようがないゴミクズでも、私にとっては掛け替えのないいのちだった

けれどさみしかった。なんでさみしかったのか、こういう話をしている時はわからない

私には私が居たはずなのに……手を延ばされると、揺らいだ。優しくされると哀しかった。大丈夫ほど酷いことばがあるだろうか 躊躇えば無理矢理掴まれて、或いは思考が停止するまで呪いのように説かれて、手を取ったら最後 解っていても、寄り添ってくれる人が欲しかった

私が、私を抱き締められるかたちでもう一人いたなら、どれほど良かったか、と

 

過去はやさしい。あの時はあんなに辛かったのに、今思い返せばこんなに柔らかいのだから

ずっとずっとひとりきりで真っ暗だったら、死ねたのかと、今では全く無意味なことを思う。死ななくてよかった、と思う 多分 生きることは幸せばっかじゃないから、苦しいこともたくさんあるから けど、あの時だって、死にたくて死にたくて苦しかった 苦しかったってことは、生きたかったということだものね?

 

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