こんな誰そ彼時の思い出はいくつか
一人きりのアパート、1週間に1日しか外に出ない時もあった
手につかないやるべき事への焦燥感、有り余る虚無をやり過ごすために薬を飲んで泥のように寝た
寝ている時は幸せだった、夢は優しかった
毎日12時間くらい寝て、それに昼寝付きで、締め切ったカーテン、昼夜も判らない
そんな堕ち切った生活だった
何も無い、と言うのは耐えられなくて、どうにかなりそうな気を正気に保つため、暇潰しのひとつとしても、自傷は便利だった
繰り返すうちに自傷でしか穏やかな気持ちになれなくなったけれど
あの時は、医務室と心理のため学校へ通っていた
雨もよく降った
ご飯を食べるより濡れた体を温める方が大事だったから、熱いお茶と、お風呂にばかり入ってた
すごく寒い秋だった
毎日が灰色だったけれど、それでも前向きな気持ちになる時もあった
前向きになったあとは途端に体の調子が悪くなったりして、結局、何一つ上手く行かなかった
やっぱり大人は信頼すべきものじゃないな
だって、せんせいが私のこと偉い人にバラしてたんだもんね
味方は一人もいなくて、自分の中で何度問答を繰り返しても至るのはいつもどう仕様もないというこたえだったから
いっそこのまま死ねたら良いのになと思った
死ぬ、というのは正確じゃないかも
誰も悲しませず、消えてなくなってしまいたかった
腕を切っても何も変わらないこともわかってたけど、どうしても安心したくて
こんなのが安心に繋がるとはとても思えないけれど
私が私でなく、現実を見ないでいられるうちはとにかく、一先ずはしあわせだった
あのまま……私の自傷を誰もばらすことなく、ひっそりと悪く、悪くなって行ったなら、先生の言うように、「死んでしまう事もある」その様に、なれたのかなって
そうなら私は報われた、と思う
大人はそうじゃないと言うけれど、誰も「私」なんでどうでもよかったんだ。痛い程解った
私なんてどうでもよくて……ただ、生きて居ればこんなのどうでもよかった
唯一私が何よりも大切にした心なんて、壊れても死んでてもよかったから、だから手足を縛るようなことをする
それならと、棄て去ろうとした心は、今も私のそばにいてくれるのに、そんな目に見えないものは無いとするような大人たちが、優しいわけなくて
縛られて監視されて生かされるならいっそ死んでしまった方が幸せだった
あの時に