遺言

一緒に生きたい

世界(2019)

きれいな点もきたない点もあって、そのどちらもを認識して受け入れる。嫌いという私の負の感情では測りきれない、或は勿体ない、そういう壮大な、意義、理由、美しさ…そういうものを、全てのものが持ち合わせている。

原色のように澄んでいない。でも、混色による美しさがそこにはある。混色によって出来た色は、とても自然に見える。だから、それこそが自然というもので、つまり世界である、と言える。

私の意思を取り除けば、何もかもが愛おしい。

だけど私は、どうなのか、と前提を加えると、それは色相環のように様々で、彩度も様々、「きれい」な意見から「きたない」意見まで揃っている。

それは良い悪い、善悪、なんて言葉では済まされない。憎んでも嫌うことはない。好きはなくても愛している。そういうものだから

O2が嫌いな人がいるかわからないけど?、空気を恨む人はいないと思う、謎な喩えだけど、私にしたら空気のように当然そこにあって、日頃は意識しないけれど、感謝もしないけど、でもとても大事な、掛け替えのないものである。という感じ。世界。それは醜く美しい。憎みながら、愛している。